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グアテマラ

サン セバスティアン農園

コーヒーハンターJosé. 川島 良彰がコーヒーの品質について開眼する契機となった農園。海抜2,000メートルの高地に最高級のブルボン種のコーヒー作りに成功。

【風味の傾向】
フルーティーな優しい酸味とハチミツのような甘い風味。その甘み・酸味・ボディのバランスは絶妙。とろけるような舌触りと余韻がどこまでも続く。
生豆生産国:グアテマラ
生豆産地:アンティグア
農園:サン セバスティアン
セクション:コンセプション ドゥラスノ
農園主:エストゥワルド・ファジャ・カスティージョ
標高:2,000m
栽培品種:アラビカ種ブルボン亜種
サイズ:スクリーン16~18

味、香りの特徴

2008年度

キャラメルのようなアロマ。柑橘系で少しハチミツを感じさせるフレーバー。 力強くすっきりとした酸味、アフターテイストは甘みに変わる。

2009年度

フルーティーで香ばしいキャラメルのようなアロマ。ベリーのような香りを 感じさせるフレーバー。力強いフルーツ系の酸味で余韻に甘みを感じる。

2010年度

キャラメルの甘いアロマと柑橘の爽やかなアロマがある。桃のようなフレーバー。口当たりのフルーツ系の酸味がすぐにハチミツのような甘味に変わる。ボディがしっかりしている。

2011年度

キャラメルのようなアロマ。いちごとチョコレートの甘くフルーティなフレーバー。なめらかな酸味が甘みに変わる。後味が長い。

2012年度

フルーティでやわらかなキャラメルのアロマ。熟したフルーツを思わせる甘さと酸味が複雑に折り重なる。シロップのような口当たりにしっかりとしたボディ。後味が長い。

2013年度

フルーティーなベリー系のアロマ。桃を感じさせるフレーバー。いちごのような酸味が甘みに変わり、後味はスムーズで長い。

2014年度

キャラメルのようなアロマ。桃のフレーバー。優しい口当たり、広がる華やかさ、はちみつのような甘み。アフターテイストはミルクキャラメル、ブラウンシュガーを感じる。

2015年度

キャラメルのような甘い風味とほのかにピーチを思わせる繊細な酸。とろけるような舌触りと余韻が長く続く。

2016年度

圧倒的な甘み。ミルクチョコレートのような風味と、ピーチを思わせるほのかな香りがある。とろけるような舌触りで余韻が長く続く。前年に比べて焦がした甘い香りが強い。とにかく甘い。

2017年度

濃厚なキャラメルの風味。イチゴのような酸がほのかに香る。練乳を思わせる甘みが印象的で、質感、余韻ともに極上の逸品。

2018年度

極彩色なフルーツ風味が溢れ出る。清らかで活々とした酸味。後味は甘酸っぱく、それでいてカルメラのような香ばしさもある。風味の強さは2008クロップが甦ったかのよう。王道中の王道と呼ぶにふさわしい仕上がり。

サン セバスティアン農園について

スペイン語で「古い」という意味を持つ古都アンティグアは、教会やコロニアル建築、石畳など、植民地時代の面影が残る市街地を3つの火山が取り囲む美しい街。1979年にユネスコの世界遺産都市に指定された。コーヒー産地としても知られているこの地にスペインから移住してきたサルバドール・ファジャ・サントスが農園を開いたのは1890年のこと。以来、1世紀以上に亘ってファジャ一族が農園を守っている。
代々、一族の話し合いで代表者を決めてきたが、後継者となる者は先代が引退する前に自ら農園に入り十分な時間を費やして先代の経験と技術、そして信念を引き継いできた。市場の動きに惑わされることなく、常に最高級のコーヒーを作り続けているこの農園のコーヒーが、川島良彰により日本に初めて紹介されたのは1989年。
高品質なコーヒーを求める人々から支持を受けたアンティグアの名園サン セバスティアンのコーヒーは、日本にスペシャルティ・コーヒーという言葉を広めるきっかけとなった。

海抜2,000メートルの奇蹟 受け継がれた誇り

サン セバスティアン農園との出会いをきっかけに、僕はコーヒーの品質にそれまで以上にこだわるようになった。初めて訪れたのは、1989年の2月。エル サルバドルのコーヒー研究所時代の恩師で、内戦中にゲリラから脅迫に遭い、家族と共にグアテマラに脱出してそのまま居付いてしまったアギレラ先生が、お前に見せたい素晴らしい農園があると言って案内してくれた。それは4代目代表者マリオ・ファジャとの運命的な出会いだった。

マリオが、農園と水洗工場を隅々まで案内してくれたが、栽培技術、水洗加工・乾燥・選別技術どれをとっても素晴らしく全身が震えるほど感激した。エル サルバドルで栽培技術を勉強し、世界最高と言われたジャマイカのブルーマウンテンコーヒー農園開発を成し遂げ、少なからずプライドがあったし自分が作った農園に愛着と誇りがあった。



しかしこの農園で見たものは、市場価格に囚われずこつこつと品質を求めて行く一族のコーヒーに対する熱意と100年の結果だった。一瞬打ちのめされた。恥ずかしかった。でもふつふつと情熱が湧きあがった。もう一度やり直そう。先ずは、日本のコーヒー愛飲家にこのコーヒーを紹介したかった。当時は、まだ日本でスペシャルティ・コーヒーという言葉さえ流通しておらず、まだまだ質より量の時代だった。アメリカでは、バニラやチョコレートのフレーバーコーヒーが、スペシャルティ・コーヒーと言われていた時代だ。
何故このコーヒーが素晴らしいか、農園の情報や品種や栽培履歴を付けて日本に送ったが、その後帰国した時に普通のグアテマラコーヒーとして販売されているのを見て、マリオにもコーヒーにも申し訳なかった。
しかしやはり当時でも品質を判る人はいるもので、徐々にサン セバスティアン農園の名前は有名になっていった。


その後何度もこの農園を訪れたが、マリオは嫌な顔一つ見せず僕に付き合ってくれ、飽きることなく農園内を歩き回った。ある日一番高度の高い地区にある畑を見に行った。標高1,800メートル。アカテナンゴ火山の裾野に位置し、目の前にアグア火山がそびえ立つ絶景だ。

アラビカ種ブルボン亜種が栽培されていたが、高度が高いので成長はゆっくりだし実の付き方も低地より少ない。しかしずっしりと重い密度の高いコーヒーチェリーだ。標高2,000メートルまで行ってみるとさらに豊かな土壌にピーチの樹が植えられていた。僕はここで最高高度のコーヒーを作ろうとマリオを誘った。マリオは、ここまで高い場所だと収穫量はかなり落ちるが、自然の摘果をするようなものだから、さぞかし高密度の美味しいコーヒーが栽培できるだろうと応えてくれ、それから夕暮れ迫る寒い中、二人でブルボン2000と名付けたプロジェクトを、時間の経つのも忘れて夢中になって話した。そしてマリオは、ピーチの樹を抜いてブルボンを植え始めた。2001年のことだった。


2003年4月3日、マリオが心臓発作に襲われ急逝したと連絡が入った。ブルボン2000地区の近くで心臓発作に襲われたマリオは、町に着く前に息を引き取ったそうだ。ブルボンは、まだ幼木で実を付けていなかった。どんなコーヒーができるか楽しみにしていたマリオは、さぞかし飲んでみたかったろうと思うと残念だった。
彼の死は悲しかったが、同時に後継者が、この生産性の低い地区のコーヒー畑を存続させてくれるかどうか不安になった。世界相場は、まだ2001年のコーヒー危機と言われた最安値の影響を引きずっていて、効率の良いコーヒー栽培が主流になっていた。


5代目の後継者は、中々決まらなかった。一族で何回も話し合いが持たれ、マリオの従弟エストゥワルド・ファジャ・カスティージョが5代目に就任した。彼も品質を重視するファジャ一族の伝統を引き継いでいた。いやだからこそ5代目に選ばれたのだろう。また彼の父アルトゥーロは、3代目代表を長年務めた人で、エストゥワルドも物心付いた頃からこの農園で週末を過ごしてきたから隅々まで熟知している。
そして彼は、スペイン語でピーチを意味するドゥラスノから、このセクションをコンセプション・ドゥラスノと名付け栽培を継続してくれたのだ。


ミカフェートの設立とグラン クリュ カフェのプロジェクトを計画した時、コンセプション・ドゥラスノを第一候補にしてエストゥワルドに相談した。彼は、このコンセプトに大賛成して全面的に協力してくれた。この農園、そしてマリオやエストゥワルドに出会わなければ、グラン クリュ カフェはこの世に誕生しなかったかもしれない。いや誕生したとしてももっと遅れたか、どこかで僕自身が品質に妥協してしまったかもしれない。

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