
セルバ・ネグラ農園(エル・サルバドル)で人知れずアフリカから持ち込まれたというコーヒーの樹をコーヒーハンター 川島良彰が発見し、そのユニークな味に一目ぼれ。本人さえも未知のコーヒーと語る文字通りの希少種。
*セルバ・ネグラ農園は収穫量が少ないため単品での購入はできません。
*セルバ・ネグラ農園の2008年度は既に販売を終了しております。
なお、コーヒーセラーオーナーズではセルバ・ネグラ農園の2009年度をお選びいただくことができます。
2008年度は味が複雑でボディー、甘みが強い。2009年度は爽やかですっきりした印象
干し草のようなユニークなアロマ&フレーバーにナッツの甘い香りが続く。強いボディに濃厚な甘さ。ワイン、カシス、ベリーも感じる。6農園の中では、もっともボディが強くワイルドなコーヒー。
エル・サルバドルはコーヒー産業の盛んな国として知られているが、なかでもグアテマラ国境に近いサンタ・アナは火山灰性の土壌から酸味高くバランスの良いコーヒーを産出する。この土地のコーヒー関係者がアラビカ種ケニアと呼んでいる豆は、1960年代にアフリカを訪問したサルバドル人がその土地に自生していた野生種を持ち帰り、農園に植えたのが起源と言われている。しかしそれが、アフリカのどこだったのか、何故ケニアと呼ばれたのか、今となっては誰も知らない。そしてエル・サルバドルでもほんの一部の地域だけで僅かに栽培されていたが、今ではほとんど残っていなかった。
川島良彰がセルバ・ネグラ農園を訪れた際、農園の管理人さえ気付いていなかったこの幻のコーヒーを偶然に発見し、今回のラインアップに加えることができた。ケニアのコーヒー樹は、背が高く太い幹だが、節間が長いために柔軟性があり、葉は深い緑で新芽はブロンズ色。コーヒー豆はティピカやブルボンよりも大きい。そして驚くほどジューシー。赤く熟れたコーヒーチェリーを割ると、溢れんばかりの果汁が指を伝う。
Grand Cru Cafeのラインアップに、どうしてもエル・サルバドルを入れたかった。僕にとっては、第二の故郷。僕にコーヒー栽培を教えてくれた国、そして内戦に巻き込まれ死んでいった親友達の眠る国。

しかし思い描くような農園が見つからないまま時間が過ぎて行き、大きな期待をしないで2008年1月にこの国を訪れた。事前に連絡していた親友のサルバドル人が、上質のコーヒーを集めて待っていてくれたが、どれも僕をワクワクさせてくれるような一品ではなかった。しかしここまで準備してくれた彼に申し訳なかったので、中でも一番味の良かった農園に連れって行ってくれと頼んだ。
サンタ・アナの山道を、埃を巻き上げながら四輪駆動車は走っている。話をすると舌を噛んでしまいそうな悪路だった。ようやく山を登り切ると、眼下にコワテペケ湖が見えた。
まだエル・サルバドルが平和だった頃、全国各地で農家の技術指導にあたる研究所のスタッフと一緒に、湖畔の研修センターで1週間の特訓を受けた思い出が甦った。国立コーヒー研究所が、一番輝いていた頃だった。やはり僕は、この国の最高のコーヒーを紹介する義務がある。もしGrand Cru Cafeの初回で紹介できなくても、絶対に探さなくてはならないと心に決めた。
しかし目指した農園は、カップした際に予想した通りの農園だった。もちろんスペシャルティ・コーヒーとしては充分通用する品質だが、僕の目の色を変えさせてはくれなかった。少し農園を見て歩き、そろそろ帰ろうと車を回してもらった。「狭い山道だから、少し先でUターンする」と運転手が僕に告げたようだが、がっかりしていた僕にはどうでも良いことだった。少し行くと車が前進と後進を繰り返し始めた。
すると目の前に少しずつ、今まで見たことのないコーヒーの樹が赤い実をつけて現われてきた。運転手に止めてくれと叫んで、車が完全に止まるのももどかしくドアを開け、その畑の前に立った。エル・サルバドルでコーヒーの勉強をした僕が、恥ずかしながら一度も目にしたことのない樹だった。

驚いている運転手に、この畑のマンダドール(農園の管理人)を探してくれと頼み僕は中に入って行った。滅多に車が来ないのだろう、見るからに人の良さそうなマンダドールが、物音を聞いて様子を見に来た。
彼に品種名を聞いたら、ケニアだと答える。ケニア種など聞いたこともないし、植物学的にも存在しない。アフリカのケニアには何度も行ったが、こんなコーヒーの樹を見たことはなかった。
興奮して毛穴が開くどころか、鳥肌が立ってきた。マンダドールに何回聞いても、訝しげな顔をしてケニアだと言う。
丹念に畑を歩いてみると、コーヒー樹の合間に植えられたアボガドの幼木に気付く。マンダドールは、この収穫が終わったらコーヒーを抜いて、アボガド畑にする予定だと言う。とんでもない!
アボガドに植え替えようとしていた位だから、コーヒー樹に肥料もやっていない。だから実付きはすこぶる悪いが、元々の土壌の豊かさで木を維持し実を付けている。そして自然の摘果状態で一粒ずつが大きく密度が高い。また日陰樹が適度なシェードを作っている。
栽培されているコーヒー樹は、パラ方式という非常に古い剪定方法で、枝に付いた実は大きくて食べてみるととっても甘く、今までお目に掛かったことがないほどジューシーだった。
その上、北側に面した畑だ。エル・サルバドルのこの地域は、北からの強い風が吹く。北斜面の畑は、風が真っ直ぐ当たるが、日陰樹さえきっちり植えていれば、防風林の代わりをしてくれる。しかし頂上を越えた風は、南側斜面を不規則な回転をしながら吹き下ろすので、コーヒー樹の成長には決して良いとは言えない。だから僕は、この地域では南斜面のコーヒーは、Grand Cru Cafeには向かないと最初から考えていた。
マンダドールにオーナーの名前を聞いたら、幸い僕の友人の叔父さんだった。マンダドールには、僕が直接オーナーに話すからと説得し、数少ないケニアの中から品質の良い樹だけ選び、あと1週間待てば収穫のピークになる、選んだ樹から完熟豆だけを収穫するように頼み、さらにその収穫物を友人の経営する水洗工場に出荷するよう段取りした。すっかり夕暮れが近付いていた。

1ヶ月ほど後、乾燥が終わったばかりのケニアのレポートが、水洗工場から届いた。乾燥直後のコーヒーは、乾燥工程でのストレスが溜まっている上に青臭く、乾燥度合が一定していないため、落ち着くまで味をチェックすることはしない。しかし彼らも、僕が探してきたコーヒーがどんな味がするか、早く試してみたかったのだろう。思った通りのコメントだった。非常にユニークな味で、これまでのエル・サルバドルのコーヒーの風味はない代わりに、エキゾチックな変わったコーヒー豆だと言う。飛行機に飛び乗って、エル・サルバドルまで行きたい気持を抑えながらメールを読んだ。
そして乾燥後の熟成が完了した5月にエル・サルバドルに行き、ようやくケニアと対面した。何と大粒の変わった形のコーヒーだ。マラゴジッペほど大粒ではなく、上下が不均等で野性的な顔をしている。はやる気持ちを抑えながら、皆にこれまでの協力のお礼を言った。

「ホセ、早く飲みたいんだろう?挨拶はそれ位にしてテイストしろよ!」と工場長のロドルフォが、笑いながらけしかける。荒削りな外見と違い、香りが素晴らしく何とも言えぬスパイシーな独特の味がした。今まで飲んだことのないコーヒーだ。これはいける!
ロドルフォは、事前に農園のオーナーに連絡して、面談をセットアップしてくれていた。
オーナーのロベルトは、エル・サルバドルの名家マティエス一族のリーダーで、一見非常に気難しそうな老人だった。僕は、彼と会うのに非常に緊張した。それはそうだろう、どこの馬の骨とも判らぬ日本人が、自分の農園に来て勝手にマンダドールにああしろこうしろと指示して帰っていった。怒っているとしても当たり前だ。その張本人が、目の前にいる。怖かった。怒られることよりも、ケニアを世に出せないことの方が怖かった。
僕は、エル・サルバドルをどれほど愛しているか、そしてどうしてもこのコーヒーをGrand Cru Cafeとして世に出したいと切々と話した。ロベルトは一言も発せずに僕の目を見続け、最後に「ホセ、ケニアは抜かないよ」と言って握手を求めてきた。「自分の農園のコーヒーの価値を見出してくれてありがとう。君となら一緒に仕事ができそうだ。」